平静とロマン

平成生まれの大正浪漫20歳

彼女を退職しました


こんばんは。この度彼女を退職いたしました。
失恋したので憧れの退職エントリを書きます。

お世話になった男性はたいへん人騒がせな方で、約半年の勤務の期間は大変濃密なものでした。素敵な思い出も苦しい思い出も増えた半年間でした。ありがとうございました。

在籍中にやっていたこと

お互いまあまあ多忙な学生でしたので、週1〜2回程度待ち合わせして夜飲みに行くことがほとんどでした。
ときどき甘いものを食べにいったり。映画と遠足はそれぞれ2回ほど。
わたしが映画、音楽、アニメ、美術が好きな文化系の極みみたいな人間であったのに対し彼は趣味への興味がほとんどなかったので映画以外の趣味に付き合ってもらったことはほとんどなかったです。

辞めるきっかけ

倫理観がヤバかった

倫理観がヤバかった

交際人数20人超え、二股三股上等というヤバ案件でした。いやある程度察しつつ付き合い始めたんですけどね。倫理観まともな男は成り行きで付き合ったりしない。

ちょっと掘ると恐ろしい話がまあ出るわ出るわ。二股バレて両彼女と三人で話し合いすることになったのにその直前にもう一人付き合い始めてたとか聞いてもう頭痛くなりました。
わたしと付き合ってる間は二股してないと得意げに言われましたが、普通はまず二股とかしないんだよなあ。


1月に元彼女(共通の知人)に"大好き"とLINEで言っていたのが判明し、その時点で別れようとしましたが土下座されて交際続行。

本人と周囲の反応が面白くてふざけていました、本当は好きじゃないですと言っていましたが、本当は元彼女のこと忘れられないんだろうなー、まあそういうこともあるよなー不憫なやつーと思っていました。

多少クズでも会ってる時は仲良いし、反省の色は見られるのでまあ手元に置いておいてもいいかなと付き合い続行(バカバカバカ)(わたしの倫理観もゴミ)


しかし、ツイッターで4月からネタのように
「(元彼女)愛してるよ」
というツイートを続け、わたしにリプライまでしてきたので怒りの辞職に至りました。
ウケが取れるからふざけてたとかよくわかんないですね。

勤務を通しての学び

ツイッターのプライベート用のアカウントの数が片手に収まらないやつはヤバイ

椎名林檎の思想が好きな男はヤバめ
音楽が好きで椎名林檎の音作りが好きな人はそんなにヤバくないと思っています。わたしもそうだし、ぜんぜんヤバくない友達も音楽は好きって言ってた。

地雷ぽいのを試しに踏んでみると本当に地雷なので痛い


夜ぞふけにける


ゴールデンウィークの最終日、予定をキャンセルして寝潰してnetflixを観て終了した。

いつもの土日が何セットも続いているような10連休だった。特別なイベントはほとんどなく、いつものように金銭とエンターテインメントの消費活動をしていた。


深夜2時過ぎに寝て朝8時半に一度起きてまた寝て正午くらいに起きて朝ごはんを食べて本を読んでまた寝て起きてそうめんを食べて本を読んで寝て起きて缶のお酒を飲んで映画を一本観て電話をちょっとしたら頭が痛くなったので薬を飲んでアニメをすこし観て入浴をして今に至る。

たぶん14時間くらい寝ているので当然ねむくない。
あしたというか夜が明けたら7時くらいに動きはじめたいのだけど。


思えば、中学1年生のときにはじめて徹夜をしてからずっと夜型だ。

一緒に住んでいる母方の家族はみんな早寝早起きの朝型で、夜は当然布団に入って眠るものだということを疑いもしない人々だったので、中学生の間は眠れないと誰にも言えず一人でそっとデスクの明かりをつけて本を読んだりラジオを聴いたり、窓から出て屋根に座ったりしていた。
自室の窓の隙間から道路の街灯が見えて、ときどき車が通るのを眺めているのも好きだった。


週に何度かはかならず眠れなくて深夜まで起きていたのに、中学高校は家からとても離れていて通学に1時間半くらいかかるので6時半前には電車に乗っていた。

通学の過程で2度乗り換えがあったのだが2本目と3本目の電車はだいたいうまく座れたので2本目の電車はほとんどいつも眠っていて、乗り換え駅で起きなくてはならず「どうしてこんなに歩かなくてはいけないのだろう…」と半分気絶しながら重い足を動かしていたのが忘れられない。


さいきん、ときどき読んでいるwebマガジンで朝型か夜型かは遺伝なのでどうしようもないという記事を見て、ついでにツイッターで朝型か夜型かを判定するテストが流行っていたので試してみたらあなたは超夜型ですと結果が出た。


血圧が低いので寝起きが悪くてすぐめまいを起こしたり吐き気でぐったりしてしまうので、身体が弱いね、とほうぼうで言われている。

長い休みがあると自然に寝る時間が深夜2時〜4時くらいになって、起きる時間も11時〜13時くらいになるので、家族には怠け者扱いされている。

世の中は朝型の人間に合わせていて、会社や学校は9時に始まるから、わたしも合わせないといけないのだけど、わたしの体は午前の終わりくらいに起動して昼過ぎから動きはじめるほうが圧倒的にパフォーマンスが良い。

午前中に起きようとすると、意識はあっても身体が重くてどうしても気分が悪くて動けないことが多いし、うまく起きられても電車に乗って目的地に向かううちに寝起きにやってこなかった吐き気やめまいが遅れてやってくることがほとんどだ。

朝が来るすこし前に眠りについて、朝の時間を眠りに費やす生活がきっとわたしにとってはいちばん自然なのだと思うけれど、そういう生活が許される大人はごく限られた職業に就いた人だけだ。


わたしが社会生活を拒んでいるのではなく、社会生活がわたしを拒んでいる。

社会に出るまでの残された時間は2年を切った。


このあいだに、遺伝子に逆らう術、もしくは朝起きなくてもいい大人になる術を見つけなくてはいけないらしい。

to be determined

選びつづける毎日を


はてなブログから、1年前の記事だよ!とメールが来た。


ことばを選びたい あなたに選ばれたい - 平静とロマン


去年のいまごろのわたし、苦しかったねえ、それでもその苦しさを良い文章(わたし比)に変換できているだけえらいし、それだけで苦しくて仕方がなかった1年間に意味はあったんじゃないか、と読み返してしみじみと思った。

詩を書きはじめて1年がたち、先日ちょうど詩人を囲んだ飲み会にも参加した。
去年のわたしからすると随分趣味のよく合うすてきな友人や大人に恵まれ、幸せに暮らしている。

おととし1年かけてボロボロにした身体はなかなか治らなくて、いまでも無理やり起きて動くとほぼ半日ゾンビのような状態になってしまうが理解のある環境でなんとか生き延びている。

穏やかに入眠できるようになって、線路を見ると怖くなることもなくなった。読みたいと思ったときに読みたい漫画や本を読んで、観たい映画やアニメを観られている。はじめて自分で舞台のチケットを取って観に行ったり、好きなバンドのライブを観にひとりで北海道に行ったりもした。幸せ、なのだとおもう。たぶん。


遠ざけてしまった大切なひとともきちんと話をすることができた。豊かな文化も取り戻した。なんとなくこう生きたいという理想の自分像も見えてきて、1年でずいぶん大人になったと自分でも感じる。

それでもなぜか満たされないのはきっと隣の芝生は青い的な余剰の欲なので、もっと手に入れたいのならあとは自分が努力をするほかない。


ことばは、いまでも選びたい。選び続けたいとおもっている。

詩を書きはじめて1年経った。書いて、ほかの人の作品を読んで、朔太郎賞や中也賞を取った詩人の方たちに作品を見ていただいて、感じたことはたくさんあった。基本的に自分の作品が大好きだし、書いた直後はだいたいいつも天才なんじゃないかとうっとりしているが、凡庸で稚拙な表現ばかりを連ねているようで自分と自分の作品に嫌気がさすこともある。
まだ2年目なので、作品の良し悪しとかはよくわからないし(とくに自分のは)、きっといろんなものを見て、読んで、書き続ける以外に上手くなる方法はない。


詩については1年やった程度ではよくわからない、わからないのだが、書き始めてすぐに感じた、具体的な描写では捉えきれない微妙な心の動きの輪郭をなぞって浮き上がらせる作業が“詩を書く”ということだという考えはいまでも同じだ。

なので、穏やかで幸せな生活のなかで心が強くなってしまったら、繊細な動きなどなくなってしまってわたしが書く詩に良さなんてなくなってしまうのではないかしら……と少々心配しつつ、それでもまあまあ幸せであることに感謝をしてできるだけたのしく生きていきたいと考えている。


あと、すこし先にすすめたいまのわたしから、去年のわたしにいいたいことがひとつあり。

あなたは、タイトルにするくらい、自分以外のだれかに選ばれたいと思っていたようだけれども、それってすごく苦しかったんじゃないだろうか。

選んでくれるだれかをなんとなく待ち続けて今日も来なかったって嘆くより、自分を自分で認めてあげるほうがずっとはやくて楽で安心だよ。

とつぜん手放される恐怖もないし、わたしはわたしから離れられないので自分が昨日より愛せる自分になれたら気づかざるをえなくて最高です。わたし史上最高なわたしに他人が気がつかないわけないのでもともとの目的も果たせて結果的にうさぎが二羽とれます。
昨日を超えていけー!

wallflower

 

愛されている実感が足りない。

 

友人たちや恋人、わたしを好ましく思ってくれている人たちの好意を認識はしていても、彼ら彼女らが愛しているわたしはいまここにいるわたしとは違う人のようで、わたし自身が愛されているという実感にどうしても繋がらない。

どうしてだろう。家庭環境が悪いわけではない気がしている。母はけんめいにわたしを育てたし、彼女に罵られた記憶はほとんどない。家族はいつでもわたしを褒めてくれていたように思うし、昔の恋人だってわたしのことをとても大切に、丁寧に扱ってくれていた。

それなのに、知らない人のパーティに紛れ込んで壁際にひとり立っているような心細さ、居心地の悪さにほとんど毎日苛まれている。

 

今日は昼過ぎまで眠っていて、きっと夜眠れないだろうからと長い散歩をしたのにけっきょく眠れなくて照明を暗くしたリビングでひとりアイスを食べている。

魔法使いでなければ花束をください

 

14歳のときに知り合って、いちばん多感な時期を一緒にすごした友人に久しぶりに会い、すこしも変わりなく原宿や表参道を歩いた。

 

成人祝いにずっと欲しかったコスメデコルテのアイシャドウをもらった。渡される直前に、春になったからあたらしいアイシャドウが欲しいけれど、色味が強いのはいやだからキラキラ感や透明感のあるものがいい、と話していたので本当にいままさに欲しいもので彼女のなかのわたし像と現実のわたしのあまりのズレのなさに驚いてしまう。彼女はいつもわたしが憧れていて欲しいと言うのになんとなく手が出なくて買わないものをくれる。

 

それは本当にすごいことで、頭の中で手に入れる想像をしていただけなのに本当に手の中に実物が現れてしまう。ほとんど魔法だとわたしは思う。

そういう魔法を使えるのは、人生のなかで特別に濃い時間を一緒に過ごしてきたからというだけでなく、彼女の観察力や細やかな気遣いがあるからでもあり、おそらくある種の才能が必要である。

 

わたしも魔法のようなチョイスをしたいけれど、すてきなプレゼントはそうそう簡単にできるものではないのだ、きっと。

 

ストレートにひとの心を撃ち抜くプレゼントは難しくても、せめて外さないプレゼントがしたい。

 

わたしなら、わたしならなんだろう?

すこし考えて、ああ、花だ、と思った。

 

花についてとくべつ詳しいわけではないが、花を飾る生活が好きだ。

花は本当に、ただ生活する上ではいっさい役に立たない。ただ数日間食卓や玄関、部屋のすみに置かれるだけだ。

花を買うことは、数日で絶える美しさにお金を払うことで、そういう功利性の一切ないものにお金を払う贅沢が好きだ。家に帰って花を生けたあとは、ただ生活をしているとふと視界の隅に花が、純粋に美しいものが目にはいる瞬間があって、その瞬間の豊かさが好きだ。

生きるうえで役には立たないし、たいていは数日で散ってしまう。しかも、自分が気づかなければただそこにあるだけで終わってしまう。アレルギーでもない限り、置いておいても迷惑になることなんてほとんどないというのも優れている。なんとつつましいのだろう。そのつつましい主張のなさにはある種の傲慢ささえ感じられるほどだ。

 

そんな贅沢を、人からもらう幸せ!

想定外の贅沢ほどお得な幸せがあるだろうか。

魔法使い以外はみな、花束を渡せばいいのだ。そのひとのイメージによく合う、華やかできれいな花束を。

プレゼントの質は、渡すものそのものの価値ではなくて、渡す人のことを考えて何がよいのか考える時間に左右されるとわたしは思っている。

迷惑をかけない贅沢に、渡すひとを大切に思う気持ちが上乗せされればそれはもう魔法のプレゼントを除けば最強ではないだろうか。

だれかに花束をあげたくなった。

 

 

 

 

散歩の日のこと

 

中目黒でコースのランチを食べた。スパークリングワイン一杯で真っ赤になって、気分良く目黒川を歩いた。

 

ふらりと寄った駅前の書店でロマンスの辞典という本を見つけ、真剣に購入するか迷ったが購入の動機が「こんな本が本棚にある女は可愛いかもしれない」というひどく不純で下品なものだったので思いとどまった。

読書家の美しい友人の顔を思い浮かべながら、きっと彼女はそんな理由でこんな俗っぽい本は買わないだろうと思い自分を恥じる。たしか彼女は彼女で好きな男の勧めるままに本を読み続け、気がついたら三島由紀夫の虜になっていたという不思議な読書体験をバックグラウンドに持つ女性だが、それでもわたしの乱読よりはおそらくいくぶんか質は高い。

 

中目黒から移動して、年末ぶりにとある古本屋に行き本を何冊も買った。店主と顔なじみになったその古本屋に行くのはまだ四度目だが、はやく馴染みの古本屋と呼びたい。

水面下

 

手をさしのべない優しさを持つ彼は思慮深く、大人で、ひどく残酷だ。

 

週二回ほど朝八時過ぎに家を出る甘やかされた大学生活さえまともに送れない、社会に適合できないわたしの書く文章と価値観を好きだと言ってくれるひとびとの存在にどこまでも救われている。

文章を本気で書きはじめて、生きやすくなった。

文章を書くことは自分の弱さや頭の悪さに対面することでもあり、ときに大きな苦痛を伴うが、それでもわたしは書きたい。それはわたしの文章を愛してくれるひとびとに応えるためで、わたし自身を愛するためでもある。

 

どれだけ生きるのがつらくても第三者は手を差しのべられない瞬間がある。いまわたしが面しているのはそういう局面で、必死にもがいて水面を目指すしかない。「僕は踏み込めないけど、幸せになってほしい」という彼の言葉がいまはただひたすらに苦しい。