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平静とロマン

平成生まれの大正浪漫18歳

魔法使いになれるとき

ため息をつくと幸せが逃げてしまうと言うから、ため息はティーカップに注いだ紅茶を冷ます息と一緒に湯気に溶かしてしまうことにして、今日はたのしい話をしましょう。

そうね、たとえばお菓子のおはなし。

わたしは甘いものがとてもとても好きで、からいものと、すっぱいものと、苦いものと甘いものとを並べられたらおそらく甘いものを手にとる。
すっぱいものも苦いものも嫌いではなくて、からいものもからすぎなければ好ましいけれど、どれか一つだけ選んでいいよ、と言われたらそのときはきっと甘いものを選ぶ。

最近よく考えているのは、お砂糖と小麦粉をたっぷり使った洋菓子のこと。
雪のような白いアイシングの上にあざやかなピスタチオがぱらぱら乗ったウィークエンドシトロンとか(わたしの好物)、こまかーい装飾が表面にほどこされたアイシングクッキーとか、洋酒が効いていて口に運ぶたびにフルーツがこぼれるようなパウンドケーキとか、そんな感じ。

お菓子は食べるのも好きだけれど、つくっている時間のほうが好きかもしれない。
できあがるお菓子のこととか、食べてくれるひとのことだけを考えていられるから。手を動かしながら次の工程を考えて準備をしていたら、いつも気にしているような余計なことはぜんぶ考えなくてすむし、ほかのことで悩む余裕なんてない。

型に注いだり、オーブンペーパーのうえに絞ったりした生地を予熱の済んだ熱いオーブンに入れたら、そわそわしてリビングとキッチンを行ったりきたりしながらできあがりを待つ。
小麦の焼ける甘い香りがふわりと漂ってくるころになると待ち遠しくて、10分くらいずっとオーブンの中を眺めてしまうこともある。

わたしは料理はあまり得意ではないけれど、お菓子作りはとても好きだ。レシピの手順と分量をしっかり守って、使うオーブンのくせをちゃんと把握していればレシピが間違っていない限りおいしいお菓子がたしかにできあがる。

ああ、お菓子を作りたくなってきた。

そらのひかりは扉

ひとりで家の近くの映画館でレイトショーを観て(と言っても終演時間はそこまで遅くなかったけど)、帰りがけにコンビニに寄って頼まれた牛乳、飲みたかったメッツコーラ、おみやげの筒にはいったポテトチップスを買った。

昼間はずいぶん暑かったのに、夜は裏地をつけたスプリングコートを羽織ってもまだすこし寒いのね、なんて思いながら歩いて帰った。ずいぶん夜がふけている気がしたけれど、友達とお夕飯を食べてから帰るときと同じくらいの時間で、きっと部活をはじめたら練習終わりはもっと遅くなる。
いまなら、お酒を買えるかも。悪いわたしがささやいた。おりこうさんなわたしはコンビニにはもう寄ってしまったし、万が一ばれたらお店にずいぶんな迷惑がかかるのを知っているから、悪い誘いに立ち止まることなくすたすたと歩き続けた。

マンションのエンドランスを抜けて、部屋へ向かって外廊下を進む。
静かな廊下を歩きながら、ふっと外を眺めたら、おおきな3つの光が点滅しながらこちらの方角へ飛んでくるのが見えた。

UFO?
そんなわけないか。
わたしはいつだって珍しいものがすきで、怪奇現象を心のどこかで待ちわびている。だから、ちょっとふしぎなものに出会ったらすぐにいつかどこかで読んだような物語に変換しようとする。
けれど、SFはサイエンスフィクションの略称だってことも知っているし、フィクションは現実にはありえないことが書かれるからフィクションとして成立するということも知っている。もちろん、飛行機の光は思っているより明るく、大きく見えることもあるってことだって。世の中のほとんどは理屈で説明できることばかりだってことも、たぶん知っている。
21世紀は科学の時代で、こうしてとつぜん思い立って書いた文章をカジュアルに全世界に公開できるのも、たとえ1万キロ離れていたってコンマ数秒くらいのラグだけで好きなひとの声を聞けるのもそんな時代の科学の進歩のおかげだ。

でも、でも。
わたしは、数学がわからない。算数だってちょっと危ないし、化学や物理は極端なミクロの話もマクロの話も、聞いていたらだんだん怖くなって、じぶんの視界の枠がぐらつくような、重力がわたしを地面に引きつけてくれなくなってしまったような、ふわふわした気持ち悪さに包まれてしまう。

きれいなことばを並べるくらいしか、インクが染みついた紙の束に飛び込んでたぷたぷと泳ぐくらいしか能がないのなら、すこしくらい偉大な科学のことを忘れて、空を滑るおおきな光をUFOだと信じてもいいんじゃないかな。

わたしの世界は思ったよりずっと狭くて、ときどき息がつまりそうになってしまうから、真っ黒な空の白い光を見つめながら、だれも見たことのない、会ったことのないふしぎな人たちに思いをはせて、おおきく深呼吸をしてもいいんじゃないかな。

今夜もよく眠れますように。

ひとすじの

新生活がはじまって14日ほど経った。
平気で2,3日家の外に一歩も出なかったような生活から一転、週6日ペースで夜は外食、帰りははやくて21時、みたいな全力疾走で坂を走りおりるような余裕も安定感もない日々をすごしている。


正直、ともだちはまだいない。
あいさつするような顔見知りとか、たくさんの人たちの中でひとりで心細いときに一緒にいるような知人はできた。LINEの友だちだって40人くらいは増えたと思う。
けれど、ひとりの時間を減らしてでも一緒にいたいような、ふとなにかを目にしたときに「ああ、あの子に伝えなくちゃ」なんて思い出すような、そういう誰かは現れない。
なんとなく、屈託なく笑う明るい子たちには、世界への根ざし方が違いすぎる気がして、気おくれしてしまう。だから、きっと自分から壁を作っているのだと思う。

わたしは本を読むこととか考えごとをすることが好きで、ひとりの時間の使い方に困ることはないし、ひとりでいると比較的楽しく過ごすことができる(とすくなくともわたし自身は思っている)。
よく知らない子と四六時中一緒にいて、話題もことばもおそるおそる選んでぎこちない会話をするよりは、ひとりでいることを選びたい。
けれど、同じ文脈を有するともだちといる時間はひとりの時間よりずっと視野が広くて刺激的で、たのしいものだということも知っている。
わたしにとって"誰か"と過ごすことはつまらないものでもあり、たのしいことでもあるから、積極的にひとに関わろうとしないのにさみしがりな一匹狼ができあがってしまう。


だれかがわたしに好意を持ってくれていてもわたし自身がその人に興味を持てないと関わらないようなともだちの選別を、覚えていないようなちいさいころからしてきたらしく、おそらくいまさらどうすれば変われるというものでもない。でも、なんとなくもやもやしつづけている。

お風呂あがりに濡れた髪を乾かしながら黒髪のすきまにのぞく金のメッシュを見て、ああ、ひとすじの光をわたしは探しているんだなあとふと思った。

ぶ厚い雲をやぶって差し込む、まばゆくてまっすぐ見られないような、手を伸ばさざるをえないようなきらめき。
待っているだけではなにも変わらないし、しっかり顔を上に向けて探さないときっと見つからないけれど、自分がくるくる走っていてもどうにもならないこともたぶんあるから。

ここで呼吸をしていること

母が旅行券を当てたから1泊2日で旅行に来ている。
知らない場所に知らない道を通って行って、知らない部屋で一晩眠る。見たことないものやことだらけで、ああ、この道路はいま通ってるきりで、もう一生通ることはないかもしれない、これからいくあの場所だって、さっき行ったあれの場所だってそうだ。もう一生来ることはないかもしれない。そう思いながら過ごす時間が長い。旅行は、物事の一回性を強く強く感じる時間だ。
わたしはそういう寂しさの上にある、一回限りの鮮やかな体験が好き。もう一度来られると思ってなかった場所を再訪したときの思いがけない親しみは何よりもあたたかくてもっともっと好き。

今日は、高校の行事で3泊ほど宿泊したホテルでお昼を食べた。数年前に泊まったそのホテルは訪れた街のなかではかなり大きなところで、とにかく食事がおいしかったことを覚えていたから、観光ガイドで見つけたときすぐにいきたいと言った。実際、久しぶりに食べた料理はすごくおいしかった。

夜は、たまたま見つけたすごくおしゃれな創作フレンチのお店に入った。小さなお店でお客さんがたくさんいたから料理が出てくるのにすこし時間がかかったけれど、料理やデザートはもちろん、食後の紅茶も気の利いたブランドですごくおいしかった。ノンアルコールのカクテルが料理に合わせて出てくるドリンクのコースが素敵だった。

ホテルに戻ってから調べたところ、なんと夜に訪れたそのレストランは、昼ごはんを食べたホテルで総料理長をしていた料理人が昨年独立して開いたお店だった。
わたしが高校の行事で訪れたのは3年ほど前だから、おそらくその料理人が総料理長をしていた頃だ。おしゃれな店構えに惹かれて入っただけだったから驚きだった。そりゃあおいしいはずだ。高校生の旅行で出される料理すらおいしかったんですもの。
こういうことがあるから旅行は好き。 一回限りの出来事だと思っている素敵ななにかに、もう一度出会えることがあるから。神さまってもしかしたらいるのかもしれないなってちょっと思う。

くるくる/映画

試験が終わった途端に髪を切ったり、友達とカラオケに行ったり(2回)、夜ごはんを食べたり忙しい。用事がない日は受験の参考書とかプリントの処分をしたり、余裕がなくて脱ぎ捨てたままのことが多かった洋服を片付けたり。あげくのはてに合格祝いで40インチのテレビを祖父に買ってもらって、ソファーまで新しく家に来てしまったから映画鑑賞の環境が整ってしまったし、ずっとやりたかった編み物も一通りの道具を発掘したからちょこちょこ編んでいる。本も読みたいし、1日動き回っている。

今日は映画を2本観た。
"Midnight in Paris"と"Lilting"という映画。"Lilting"の邦題はたしか『追憶の中で』みたいな感じだった。
"Midnight in Paris"は小説家になりたい売れっ子脚本家がパリで1920年代にタイムスリップする話。設定と衣装、美術はすごく良くて面白かったけれど、恋愛の流れと話の大筋はまあよくある前向き恋愛映画って感じであまり印象に残るものではなかった。面白かったけれど!
こちらはオススメされて観たものだったから期待値が高くてこんなもんかといった感想だったけれど、印象が強かったのは2本目の"Lilting"のほう。

中国系カンボジア人とイギリス人のハーフのイケメンのゲイが事故で突然死んでしまって、彼がゲイであることを知らない中国系カンボジア人の母と、その母に嫌われていた彼の恋人が向きあう話。
母はイギリスに来てから長いものの、英語も話せずイギリスの文化に馴染めないままでいて、息子だけを頼って生きていた結果彼の重荷になって老人ホームに突っ込まれた人。BBCが関わってるのもあってか移民の文化的な違和感とか親子関係の難しさ、ゲイのカップルのカミングアウトの悩みとか社会的な問題をいくつもテーマにしていたけれど、綺麗にまとめていて面白かった。色彩も絵も綺麗だし、中国語と英語のやりとりも心地よかった。
ゲイのカップルのラブシーンがある映画は初めてだったから一瞬身構えたけれど、なんだ同性愛のカップルだって普通に好きな人同士で相手を大切にしてることは変わらないんだって異性愛のカップルのラブシーンと変わらない印象で観られたからこそ、彼らが好きな人が同性だというだけで周りの目を気にして付き合うことってなんかおかしいなあという気持ちであとのシーンを観られたように思う。
みんなが好きな人を好きって堂々としていられたらいいのにね。不倫とかは難しい問題ではあるけども。

3月2日 メイドさんのこと

友達に誘われて、はじめてメイドカフェに行ってきた。メイドカフェと言ってもフリフリミニスカートにニーソックス、ちょっと厚底の黒パンプスのメイドさんがお迎えしてくれて、オムライスにケチャップで絵を描いてくれるようなああいう感じではなくて、ロングスカートに白エプロンのクラシカルなメイドさんが優雅に紅茶を淹れてくれるお店。

紅茶がおいしいお店に指定されているそうで、久しぶりに会う友達とゆっくりお茶をしたかったから選んだ。

2人掛けのテーブルが10卓ほどの小さなお店で、入り口の近くにかなり大きな猫の置き物があるのが気に入った。チェロのボディくらいは余裕であるような大きさのキラキラした目の猫の置き物なんて滅多にないし。

お店の説明に来てくれたお姉さんがすこし緊張しているなーと思ったら研修中の方だったけれど、すごく涼しげでかわいくてどきどきした。

ケーキは桜のズコット、紅茶はオレンジペコーにして蜂蜜を添えてもらった。
一緒に行った友達はマリアージュフレールのアップルティー、ポムと苺のモンブランにしていた。

カウンターに置かれたベルを振ってメイドさんを呼ぶのはすごく尊大な気がしてちょっと緊張した。
オーダーを下がるときに深くお辞儀をしてからちょこんと膝を折る動作がとにかく可愛い。

紅茶は先輩の慣れているメイドさんが淹れていたのだけれど、右京さん並みにたかーくポットをあげてお湯を注いでいたのはすこし面白かった。ああしたほうが香りが立つのだろうか。
ちなみに先輩メイドさんのほうはややエキゾチックなお顔の美人さんで、当たり前にかわいかった。かわいいは正義。完敗した。

お茶を持ってきてもらって、注いでもらってケーキも揃った。それがこちら。

ミルクのピッチャーが牛なのがすごーくかわいかった。
メイドカフェは割高のイメージがあったのに椿屋珈琲あたりと同じくらいの価格帯だったからケーキも紅茶も正直そこまで期待はしていなかったけれど、十分おいしかった。

500mlのポットサービスだったから7分目くらいまで入れて4杯半くらいあり、おしゃべりに花を咲かせながらゆっくり飲んだ。

90分の時間制で、80分くらい滞在しただろうか。
帰りにお会計を済ませたあとブロマイドをもらってからお姉さんが外までお見送りをしてくれて、そこではじめてお姉さんとお話をした。
初対面の人と世間話をするのがそこまで好きではないし、かわいいお姉さんと対面して緊張してしまったため早めに切り上げて失礼したが、これは非常にあぶない。お姉さんを好きになってしまう。
1000円ちょっとで美味しい紅茶を飲んでケーキが食べられるのにこんなかわいいお姉さんとお話ししてにっこりしてもらってお見送りってそんなのはまったら最後だ!

まるで回し者のように書いてしまったけれど、普通に行ってどぎまぎして帰ってきただけです。お店はここ。
メイド喫茶 | メイドカフェ | Wonder Parlour Cafe - ワンダーパーラーカフェ

日々

中学のときの話をすると図書館および読書のネタばかりで、部活のことをほとんど書いたことがなかったので思い出しつつ今日はすこし。

わたしは、中学の3年間は英語部に入っていた。
留学経験もあるし、英語が得意だから「そんなに英語が好きだったんだね!」と言われることがあるけれど、本当は軽音部に入りたかったのに定員オーバーでくじ引きに外れたからしかたなく英語部に入っただけだ。

一緒に部活見学をしていた友達の希望でついていったら、先輩がすごく優しくてすてきな人たちばかりだったのに、いまは部員が4人しか在籍していないから存続の危機にあると聞いて、それなら第二志望にでも書いておいてあげるかーと思って適当に書いただけだったのに、わたしはくじに外れて英語部になった。

一緒に第二志望に英語部を書いた友達が4,5人いたのに、みんな第一志望の部活に所属が決まり、そわそわして初めての部活にいったらなんと新入生はわたしだけだった。

先輩は、3年生が3人と2年生が1人。
そこに1年生のわたしが加わって、5人。
わたしが通っていた学校は部室がなく、クラスの教室を放課後貸してもらう式だった。
活気があって、隣の人との間隔が狭くてきゅうくつだなあと感じていた40人の教室は、5人で使うとびっくりするくらい広かった。

先輩しかいないし、同じ学年の友達できないし、1年間どうしよう……。そう思った。
けれど、完全に余計な心配だった。

穏やかで賢くてときどきおちゃめな部長さんと、知的で凛とした生徒会長を務める先輩と、口数は少ないけどいつもにこにこしていて、洋書をさらさら読む先輩、絵がものすごく上手くておしゃべりな2年生の先輩とはすぐに仲良くなった。
2年生の先輩は3年生の先輩のことを○○ちゃん先輩と呼んでいたから、わたしもそう呼ぶようになった。

部活は年2回学校で開催されているスピーチコンテストと5月くらいの外部の朗読コンテスト、文化祭、年度末の文化部発表会で思いのほか暇をもてあますことがなかったが、何もないときはだいたい英語の人生ゲームかモノポリースクラブルか黒板を使って1分以内に決められたアルファベットからはじまる単語を思いつくだけ書くゲームをしていた。

入部してすぐにあった外部の朗読コンテストは録音した音源を提出する形式で、放送室を借りてスタジオに一人で入って朗読をした。
部員全員優秀賞をもらって、和英辞書をもらった。

夏の部活は、回数こそ少なかったけれど、朝から夕方まで先輩と一緒で、文化祭の準備をしていた。たった5人で教室をまるまる使って出し物をしなくてはいけなかったから知恵を絞って考えた結果、世界旅行巨大すごろくを作った。
炎天下にみんなで買い出しに行って、住宅街の中にある、家の一室みたいな古びた文房具屋さんで模造紙や絵の具をたくさん買ってちょっと負けてもらったりした。
住宅街はどこまで行っても同じような道が続くから先輩たちはこれまでときどき迷っていたらしく、その文房具屋さんは「あったりなかったりのお店」と先輩たちに言われていた。わたしは3年間で一度も迷ったことなかったけどなあ。

帰りには暑いからこっそりコンビニに寄ってみんなでアイスとお菓子の大袋を買って、アイスを食べながら帰った。

夏休みが終わってから文化祭前日まではそれまで週2だった部活が週4に増えて、みんなでたくさん絵を描いた。部長さんが描いたマーライオンのつもりのふにゃふにゃのなにかを見つけた生徒会長の先輩が大笑いして、部長さんはしょんぼりしていた。最終下校時間を過ぎて生徒会の追い出し係に捕まると部活停止になるから、ぎりぎりまで作業して大急ぎで片付けて捕まらないように走って帰った。

そうして必死に準備してようやくやってきた11月の文化祭は、設営から忙しくて走り回ったし、シフトがつめつめでほとんど他の部屋を回る暇がなかったけれど、楽しかった。部活のシフトのほかに生徒会から頼まれる模擬店のシフトがあって、先輩と一緒にドミノピザを売った。1時間半のシフトでたくさんピザを売って、なぜか途中でバイトの大学生のお兄さんに「君たちが店頭でおいしそうに食べてたら売れるから好きなもの食べよ!」といってタダでピザを食べさせてくれた。

思いのほか長くなってしまったから、続きはまたあした。