平静とロマン

平成生まれの大正浪漫18歳

2月9日 落として壊れたもののこと

塾の帰りにふらっと元バイト先のコンビニに寄って、なんとなく目に入ったストロベリーソースが別添えになっているマカロンラスクがおいしそうだから買って帰った。230円だった。

230円って雑貨屋さんとかカフェだとすごく安いと思うけど、コンビニで230円のお菓子を買うのは贅沢って感じがするから、ハーゲンダッツも滅多に買わない。

ストローをさして飲むタイプのプラカップの250mlくらいのコーヒーを買う人ってなんとなくブルジョアかお金遣いの荒い人ってイメージがあるのはなんでなんだろう。200円しないくらいなのに。
持ち運びが不便だし量も少なくて割高なのにあえてあの小さいカップのを選ぶあたりでなんとなくそんな気がするのかなあ。


家に帰ったらまだ母が帰ってきていなかったから、いぬとただいまの儀式をして、マカロンラスクを袋から出してキッチンに置いておこうとしたら、手から容器がつるっと滑って床に落ちた。その衝撃で蓋が開いて、無惨に欠けたマカロンラスクが床に散らばった。

拾いながら、ちょっと贅沢したつもりで楽しみにしてたのにこうやって床に散らばってるとなんかぜんぜん贅沢って感じしないしむしろ安っぽささえ感じるなあ、でも壊れやすくて取り扱いがやっかいだからマカロンは高級品なんだろうなあって考えていた。

壊れてしまったものは元にもどらないし、壊れたイメージも元にはもどることはほとんどない。

食後にマカロンラスクを食べてみたら、ソースは完全にホテルの朝食でよく出るちょっとかためのいちごジャムだったし、マカロンは重たくて、いつまでも口に残っている残念ななにかだった。

次に渋谷か新宿に行くときはサダハルアオキのマカロンラスク、買ってこよう。

ラジオのすゝめ

いつも聞いているラジオでメッセージが読まれて、バレンタインにおしゃれなチョコレートがもらえることになった。

ものごころついたころから敬虔なTOKYO FMリスナーで、J-WAVEのハマオカモトの深夜の番組と、オードリーと星野源オールナイトニッポンくらいしか他局に浮気したことがないわたしは、学校に通わなくなってからの1年半は毎日朝から夕方まで大半の時間はラジオを聞いている。


メッセージを送ると読まれるか気になってラジオの前に張り付いちゃうからふだんはめったに送らないけど、タイムリーで面白いメールが書けそうなときとか、どうしても欲しいプレゼントがあるときみたいなここぞというタイミングで送るメッセージはだいたい読まれるし、リスナープレゼントはけっこう当たる。


過去に当たったことがあるのは好きなバンドのトークとライブのイベント、番組のロゴ入り魔法瓶、番組オリジナルのトートバッグとか。
どれもここ3年くらいの話で、出したものはほとんど当たっているような。

雑誌の読者プレゼントも出せばときどき当たるけど、こちらはハガキである上に読んでいる雑誌(装苑)は月刊だからデコレーションとかメッセージに気合いを入れて毎月送る情熱はなく、出すこともすくないのであまり当たらない。

といいつつ、去年の11月頃に装苑の創刊80周年記念のトートバッグがどうしてもどうしても欲しくて、金色のキラキラペンとかレタリングを駆使して書いたハガキを送ったところ当選したから、気合いを入れて当たる可能性は高いのかもしれない。


こういうプレゼント企画って、なにかをタダでもらえるってことより断然、自分が選ばれたっていうよろこびが強くて応募しているのかもしれないってふと思った。

学校みたいな小さい規模でも1位になることって案外難しくて、ふつうの人は何回も、あるいはいろんなことで1位を取れるものじゃないし、プレゼント企画みたいな一回限定で明確に当たり外れがわかるものってなかなかない。

ラジオの場合は書いた文章の内容によって選ばれることも多いし、作戦とか工夫でなんとかなるものだから、手の届く特別な幸福って感じがする。

ラジオ業界は衰退していると聞くし、実際FMなんかは聴取率トップの番組でも1%未満みたいだけど、だれかの生きている気配がスピーカーを隔ててもなお強く感じられて、わたしは好きだ。

人恋しいひと、誰かに認めてもらいたいひとはラジオをきいて、メッセージを送りませんか。
けっこう簡単にすてきなものもらえたりしますよ。

2月6日 いぬのこと


金曜日からいぬが体調を崩していて、食べものを受けつけなくなっていました。

5歳の彼は生まれて3ヶ月でわたしの家に来てから、怪我も病気もしたことがなかったので本当にほんとうに心配で、おなかに軽く湿疹があったりぐったりしている様子をみてこのまま死んでしまったらどうしようってずっと泣きそうでした。

土日をはさんだところ、いつもみたいに元気にふるまう余裕が出てきたのでほっとしたものの、どうしてあんなに苦しそうにしていたのにすぐ病院に連れて行ってもらえなかったんだろうって不満は内緒です。

2月5日 香料のこと

今日は森鴎外舞姫を読んでいます。
ちょうどヴィルヘルム1世とビスマルクの時代が終わるころが舞台で、受験の世界史という観点から見ても面白い時期ですし、旧仮名かつ古文のために暗記していた単語が生きた文章として出てくるので勉強にもなります。


ところで、無果汁なのにレモンスカッシュ!とか、温州みかん味!と謳っている清涼飲料ってなんとなくディストピア感がありませんか。

メロンソーダは例外として、無果汁なのにフルーツ風味の飲み物って、飲むとたしかに言われたとおりのフルーツの味がするんですよね。
でも、実際には香料しか入っていない。
フルーツ抜きのフルーツ飲料に違和感を持たないわたしたちは、そのうち肉や魚が人工のものに変わっても気がつかなくなるんじゃ……みたいなことをかんがえていました。

西暦2×××年、世界の人口の増加に食物の供給が追いつかない一方で先進国の豊かな人々は新鮮な肉を求め続けた。増え続ける需要に応えることができなくなった社会は密かに本物の肉と区別のつかない人工肉を開発し、世間の目と舌を誤魔化し続けている。しかし、鋭い味覚を持つ一部の上流階級は人工肉の繊維の"プチプチ感"が天然肉と違うことを見抜いた。
彼らはほんのわずかしか出回らなくなってしまった天然肉を秘密裏に入手し、最高の天然肉を食べるために夜な夜な集まる。しかし、高度に管理された社会でその秘密を知り晩餐への参加が許されるのは厳しい選考会を勝ち抜いた一握りの人間のみ。
天然肉を口にするためだけに命を賭けた"格付け"がはじまる……。

今日はこれが書きたかっただけです。

実際、本物の肉と区別のつかない人工肉の開発が進んでいるそうですが(WIREDで読んだだけ)、一度食べてみたいですね。

2月4日 青空文庫のこと

蟹工船と清貧の書を青空文庫で読みました。

青空文庫は留学中に他に古典を読む手段がなかったから使いはじめたのですが、思いのほか使いやすくて、青空文庫を読むためだけにKindleのペーパーホワイトを買おうかなあと思っているところです。

わたしが使っている青空文庫リーダーは背景色と文字色はもちろん、フォントや文字数、余白の広さまで自分で設定できるから、設定を変えればiPhoneでもそこまで気にならずに本が読めるけど、やはり6sだと画面が狭いのと寝る前に読むと眠れなくなりそうなのが怖いからKindleが欲しいと思ってしまいますね。


あと、小川未明とか宮沢賢治みたいな、ふだん好きなはずの作家さんは、作品一覧でずらっと並んでいるところから数ページしかない作品をダウンロードして読むとずいぶんあっけなく終わってしまって、そっけなく感じるうから紙の本でまとめて読むほうが向いているかも。

男もすなる日記といふものを


女もしてみむとてするなり。
ええ、それだけです。
受験生らしく付け加えるとすれば、男もすなる、のなるは終止形接続伝聞、文末のなりは連体形接続断定の助動詞ですね。


2017年に入って受験シーズンにいよいよ突入したところで、やめようとしてもなかなかやめられなかったTwitterをおやすみする決心をして、Twitterを続ける限り絶対に消さないぞと決めていたメインのアカウントを消したのですが、そうすると生きた文章を読む場所も書く場所もなくて。

酸素のように活字を吸い込んで吐き出していたところから全く摂取しない生活に一転して苦しくならないはずがなく、口をぱくぱくさせながら床を転げまわるしかなくなってしまったので
、毎日手短に日記を書くことにしました。


1週間くらい書いて飽きた3年日記とか、そもそも8ヶ月しか滞在しなかったのに4ヶ月くらいで飽きて放り投げた留学日誌などの前科があるのでいつまで続くかはわかりませんがとりあえず続けてみます。
どうぞよしなに。

二ヶ月後のわたしへ


こんにちは。あるいはこんばんは、おはよう。
お久しぶりです。2017年2月3日、22時くらいのわたしです。

とりあえず浪人はしていないはずなのでもうすぐ入学式だと思いますが、スーツはどうしましたか?ヴィヴィアンのラブジャケットはやめましたか?
とりあえず受験中にたぷたぷになってしまったおなかと二の腕、ふとももを引き締めていることを祈ります。まだならはやく頑張れ。


さて、現時点でのわたしは私立の受験開始まで1週間とすこしとなり、ようやく勉強しようかなあと思いはじめたところです。
友達が週に90時間近く勉強していることに気がついてさっきまで劣等感でいっぱいになっていたのですが、いまは気持ちを切り替えてなんとか後悔・絶望と折り合いをつけてうまく追い込みできるようにこうして手紙を書いて調整しようとしてるよ。


わたしはまだ自分の受験期の終わりかたを知らないんだけど、わたしのここ1年の生活はなんとか有意義なものになれたのでしょうか。

最高で週55時間も勉強しなかったけどこの大学受かったし、勉強は時間じゃないよ!って笑って言える?高校中退して、バイトしながら家で勉強しても大学に入れましたって胸を張れる?


たぶん勉強は時間じゃないよ!とは言えないよね。みんなと同じ時間だけ勉強できてたらたぶん東大レベルまで到達してたよね。諦めずに済んだよね。
けど、どれだけ頑張ろうと思っても机にはりつくことはできなかったし、全力投球の勉強ができないことでどれだけの時間悩んで眠れなくなって涙を流して苦しい思いをしたかはあなたもわたしもよく知ってる。

たとえどれだけ才能に溢れていたとしても努力をする才能が欠けていたら何者にもなれないんだって苦しかったよね。正直、いまでも苦しいよ。実際センター終わってからまた勉強に身が入ってないし。


でも、大学に入れたことが自分を認めてあげるための一つの手助けにはなってるんじゃないかな。
わたしにはわたしのやり方があって、それが世の中の正攻法とは大きく違っているかもしれないけど、わたしはそれでもいいんだって、合格通知が教えてくれるんじゃないかなってすこし期待しています。


あなたがすこしでも生きやすくなっているといいなあ。
なんとなく、いまの自分ができるだけの努力をしてみようかなって気になってきました。

お互いにこれからのことにドキドキしていると思うけど、変に肩の力を入れすぎないように、気持ちいいくらいの力加減で頑張りましょうね。


赤本を枕元に置いているけどそのまま寝ようとしているわたしより