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平静とロマン

平成生まれの大正浪漫18歳

2月25日 ハイヒールのこと

日記

かかとが高い靴をはじめて履いたのは中学3年のときだったと思う。
中学1年のときに仲良しだった友達が、10cmのヒールを履いていると聞いて彼女が急に大人になってしまった気がして、どこか遠くに行ってしまったような気がして、悔しくなって母にねだった。

夏のセールで買ってもらったそれは、ピンクがかった朱色で、イタリア製のちょっと高い7cmのウェッジソールだった。

すこし前に処分してしまった気がするけれど、気に入ってよく履いていた。夏っぽくて、溌剌とした印象のあるかわいい靴だった。


今日は半年ぶりくらいにヒールを履いて出かけた。
3年前にオリエンタルトラフィックで買った、グレーのスエードでかかとに赤い幅広のグログランリボンの飾りがついている7cmのヒール。

足がすぐ痛くなってしまうからあまり歩かないときしか履けないが、グレーに赤の組み合わせと横から見たときのシルエットが可愛くてお気に入りだ。

ヒールを履いてコツコツ歩いていると足元が綺麗で、それだけでふだん感じている引け目がなくなる気がする。

足が痛くなっても我慢しようと思えるくらいのお出かけのときにしか履かないから特別なおめかしの靴になる。
もっとも、マノロブラニクとかサンローランとか、高い靴は痛くならないらしいけど(このあいだも書いたな)。

少々脱線した。
そう、オリエンタルトラフィックのグレーのパンプスは、駅から比較的近いところに行く予定だったから歩かないだろうと思って履いて出かけたが、予想していたほど違和感がなくすこし歩いても問題なさそうだったから、予定を変えて一駅歩くことにした。山手線の一駅だからせいぜい10分くらいだったし。

ところが、住宅街から大きな道路を目指してスマホでマップを確認しつつ歩いていたら、それはそれは急な細い坂道に行き当たってしまって、下りながら転びそうで怖くなってしまった。

一組の男女とすれ違い、見られていないか後ろを確認してから、えいやっとパンプスを脱いだ。
そのまま、素足でとことこ都内のおしゃれ住宅街の坂を下ってしまった。
思ったより気持ちがいいぞ……。
ガラスを踏んだりしないか若干心配ではあったものの、足の裏がちりちりする感覚は悪くなかった。ものすごく品のないことをしている背徳感も相まって楽しかったのだ。
パンプスでよろよろ歩いていたところから地面に降りた安定感も心地の良いものだった。

こっそりまたどこかを素足で歩いてしまおうか。あるいは、誰か素足で一緒に人気のない道を歩きませんか。けっこう楽しいよ。

2月24日 彼のこと

日記

しばらく更新が空いてしまったのは1週間に4学部の入試が詰まっていたり、終わったとたんに9時から16時までの塾が毎日入っていたりしたからなのだけど、とりあえず慣れてきて余裕が出てきたから再開する。
(あまり自慢するべきことではないと思うけど、なんと受験はいまのところ受けたところ全てで合格をいただいていることをここに報告する)


小沢健二(以下オザケン)は、世界の終わりの中島さん(真面目っぽいギターの人だ)が言及していてなんとなく名前を知っていた程度だったけど、3年くらい前だろうか、TOKYO FMの好きな番組で渋谷系特集をしていたときに耳にしたのをきっかけに聞きはじめた。

でんぱ組.incの好きな曲の一節が実はオザケンの歌のオマージュだったり、ちょうどその頃出たアルバムの一曲がカバー曲だったりして、世界がつながる感覚が面白かったし、さよならポニーテールが好きだったから、親和性が高くて耳にすぐ馴染んだ。

だから、彼の人気の背景とか、当時のサブカルの彼への憎悪とかは全く知らない。

ただただ曲が好きで、留学中に一人で歩きながら『ぼくらが旅に出る理由』を聞いてエモくなったりしていただけ。


去年突然ツアーを開催したときも、受験だからライブなんて簡単に行ける雰囲気じゃなくてパスしていたから、先日新曲が出ると突然発表されたときは本当に驚いた。
わたしがオザケンを好きになったときにはもう彼は半分隠居みたいな感じだったから、まさか新しい曲が聞けると思っていなかった。

あと、周囲の人たちの反応にも驚いたかもしれない。渋谷系が一世を風靡したのは知っていたけど(母がほぼ世代なのかな)、久しぶりの新曲でこんなに世の中が騒がしくなるタイプのミュージシャンだということはわかっていなかったから。

今日のミュージックステーションで出てきたとき、一瞬誰かわからなかった。
普通のおじさんだ。先生っぽい。
頭と育ちが良い人って歳をとるとこうなるよねって感じ。

母は真横で出てきた瞬間に「復活しなきゃよかったのになんで出てきたの」って嘆いていたけど、わたしは嫌いじゃなかった。
声の張りはやっぱりおとろえているけど、『ぼくらが旅に出る理由』と新曲を続けて聞いたら、やっぱり新曲のほうが声が曲によく合っていてしっくりきた。

発売日当日に朝のラジオで新曲を聞いたときは随分声が小さくて線が細い曲だなあと思ったのはラジオ用音源のマスタリングの影響なのかな。

おじさんになったらおじさんが歌ってかっこいい歌を作れるってやっぱりすごいと思うから、明日CD買ってこよう。
ラジオで聞いて一瞬パスしかけてごめんなさい。

2月12日 疲れた日のこと

日記

くたくたで帰ってきて、あーこれはダメだなもう寝ようってなった日に限ってお布団に入ったとたんに目が覚めてしまうのはなんなんだろう。

ぬくぬくのお布団はだいすきで、休日はおふとんの中で丸まって本を読んだりだらだらスマホを見るのが好きなのだけど、眠ることも起きることもすごく苦手。苦手すぎて病院に通っているくらい。

起き上がっていると雲みたいにもわーっとやってくる眠気は、横たわった途端に冷たくて凹凸のない、目を覚ます何かに変わってしまう。

マットレスとか敷布団を変えたら多少変わるのかしら。

2月11日 きらきらかわいいもののこと

日記

ルミティアステッキという、お菓子売り場に売っているいわゆる食玩といわれるタイプのおもちゃを買った。

女の子の永遠の憧れであるキラキラと、ゆめかわいいを詰め込んだ「まほうのアイテム」ってコンセプトらしい。

セボンスターと比べるとけっこう高いけど、気になっていたから買ってみた。

わたしがひいたのは、ラメがまじったクリアイエローのボディにピンクの箔押しがほどこされた雪の結晶に紫の羽がついているヘッドがパステルイエローの軸についていて、軸の端にトランプのダイヤマークみたいなかたちのパステルブルーの飾りがついているもの。
サイズはこどもの手のひらにちょうど収まるくらいだろうか。

こどもってストラップとしてなにかにつける機会ってあんまりない気がするし、頭にボールチェーンを通すための丸い穴がついてたら興ざめだなあって思っていたのだけど、ちゃんとヘッドの裏にストラップホールがつくられているから、ストラップとして使えるようにしつつステッキとしてのデザイン性も損なわれていない。

しかも、ヘッドと軸は取り外しが可能で、同じシリーズを買えば自分だけのステッキが作れてしまうのだ。スタービーズという、ヘッドと軸につけられるカスタムパーツも存在する。

こんなの、ときめかざるを得ないでしょう。

手のひらにすっぽり納まるくらいの自分だけのステッキなんて、いつ敵が現れてもいいように普段は縮めている、魔法少女に変身するための「まほうのアイテム」じゃなかったらなんだというんだろう!

出てきた敵があまりにも強くて、窮地に立たされたそのときには味方の魔法少女のスタービーズを借りて、いっそう強い新たな技を生み出せる。魔力の元となるスタービーズを交換することは、魔法少女として大きな意味がある……なんて、なんて、大きくなったわたしでも考えてしまう。

といいつつ、わたしはピンクとかパステルカラーとか、いわゆるゆめかわいい系が似合うタイプじゃないし、手持ちのものはすっきりしたデザインが多いからストラップとしては使えないし、かといって部屋にきれいに飾れるほど丁寧な性格でもない。
だから、ひとつかふたつ持ってるだけでも持て余してしまう。基本こういうかわいいものとは親和性が低いのだ。ゆめをもらうにはひとつで十分。
だいじに引き出しにしまっておく。

2月10日 靴のこと

日記

ユニクロでドクターマーチンのスムースレザーみたいなつるんとした触りごこちのサイドゴアのショートブーツが2000円で売っていて、試着したらぴったりだったから買ってしまった。

6cmくらいの細めのヒールだけど、プラットフォームが1cmくらいあって、横からのシルエットも綺麗で歩きやすそうな感じ。
ここ2年くらい太いヒールとポインテッドトウが流行っていたし、細いヒールとラウンドトウが好きなわたしは完全に取り残されていたから助かる。

地味な服を着ていても、ちゃんとした靴を合わせるだけでそれなりにおしゃれに見えると思っているから、ここ最近靴は2万前後のものしか買ってなかったし、靴だけはいいものだけを買おうと思っていたけど、ユニクロの靴はシルエットが綺麗で服を邪魔しないし、この値段でこのクオリティはアリだなって思ったからルール違反だけど今回は目を瞑ることにする。

ヒールで走りたいタイプの人間だから、そのうちマノロブラニクとかサンローランの高い靴を一足買いたいなあ。マノロブラニクは1日履いてても全然痛くならないって川上未映子さんも言ってたし。

2月9日 落として壊れたもののこと

日記

塾の帰りにふらっと元バイト先のコンビニに寄って、なんとなく目に入ったストロベリーソースが別添えになっているマカロンラスクがおいしそうだから買って帰った。230円だった。

230円って雑貨屋さんとかカフェだとすごく安いと思うけど、コンビニで230円のお菓子を買うのは贅沢って感じがするから、ハーゲンダッツも滅多に買わない。

ストローをさして飲むタイプのプラカップの250mlくらいのコーヒーを買う人ってなんとなくブルジョアかお金遣いの荒い人ってイメージがあるのはなんでなんだろう。200円しないくらいなのに。
持ち運びが不便だし量も少なくて割高なのにあえてあの小さいカップのを選ぶあたりでなんとなくそんな気がするのかなあ。


家に帰ったらまだ母が帰ってきていなかったから、いぬとただいまの儀式をして、マカロンラスクを袋から出してキッチンに置いておこうとしたら、手から容器がつるっと滑って床に落ちた。その衝撃で蓋が開いて、無惨に欠けたマカロンラスクが床に散らばった。

拾いながら、ちょっと贅沢したつもりで楽しみにしてたのにこうやって床に散らばってるとなんかぜんぜん贅沢って感じしないしむしろ安っぽささえ感じるなあ、でも壊れやすくて取り扱いがやっかいだからマカロンは高級品なんだろうなあって考えていた。

壊れてしまったものは元にもどらないし、壊れたイメージも元にはもどることはほとんどない。

食後にマカロンラスクを食べてみたら、ソースは完全にホテルの朝食でよく出るちょっとかためのいちごジャムだったし、マカロンは重たくて、いつまでも口に残っている残念ななにかだった。

次に渋谷か新宿に行くときはサダハルアオキのマカロンラスク、買ってこよう。

ラジオのすゝめ

ひとりごと

いつも聞いているラジオでメッセージが読まれて、バレンタインにおしゃれなチョコレートがもらえることになった。

ものごころついたころから敬虔なTOKYO FMリスナーで、J-WAVEのハマオカモトの深夜の番組と、オードリーと星野源オールナイトニッポンくらいしか他局に浮気したことがないわたしは、学校に通わなくなってからの1年半は毎日朝から夕方まで大半の時間はラジオを聞いている。


メッセージを送ると読まれるか気になってラジオの前に張り付いちゃうからふだんはめったに送らないけど、タイムリーで面白いメールが書けそうなときとか、どうしても欲しいプレゼントがあるときみたいなここぞというタイミングで送るメッセージはだいたい読まれるし、リスナープレゼントはけっこう当たる。


過去に当たったことがあるのは好きなバンドのトークとライブのイベント、番組のロゴ入り魔法瓶、番組オリジナルのトートバッグとか。
どれもここ3年くらいの話で、出したものはほとんど当たっているような。

雑誌の読者プレゼントも出せばときどき当たるけど、こちらはハガキである上に読んでいる雑誌(装苑)は月刊だからデコレーションとかメッセージに気合いを入れて毎月送る情熱はなく、出すこともすくないのであまり当たらない。

といいつつ、去年の11月頃に装苑の創刊80周年記念のトートバッグがどうしてもどうしても欲しくて、金色のキラキラペンとかレタリングを駆使して書いたハガキを送ったところ当選したから、気合いを入れて当たる可能性は高いのかもしれない。


こういうプレゼント企画って、なにかをタダでもらえるってことより断然、自分が選ばれたっていうよろこびが強くて応募しているのかもしれないってふと思った。

学校みたいな小さい規模でも1位になることって案外難しくて、ふつうの人は何回も、あるいはいろんなことで1位を取れるものじゃないし、プレゼント企画みたいな一回限定で明確に当たり外れがわかるものってなかなかない。

ラジオの場合は書いた文章の内容によって選ばれることも多いし、作戦とか工夫でなんとかなるものだから、手の届く特別な幸福って感じがする。

ラジオ業界は衰退していると聞くし、実際FMなんかは聴取率トップの番組でも1%未満みたいだけど、だれかの生きている気配がスピーカーを隔ててもなお強く感じられて、わたしは好きだ。

人恋しいひと、誰かに認めてもらいたいひとはラジオをきいて、メッセージを送りませんか。
けっこう簡単にすてきなものもらえたりしますよ。