ガラス越しの未来
久しぶりに満員電車にのった。
吐息がかかるのを頬に感じるくらいに名前も知らないだれかと近づくことなんて、電車の中くらいしかない。
混みすぎて本を開くこともできなかったから、うつむいて携帯をみていたら周りに立っている人たちの気配が、ぐっと迫ってくるような気がして滅入りそうになった。
たまらなくなってふと顔をあげるとたくさんの人の肩の隙間からきれいな夕焼けが見えた。
昼間の澄んだ青と、夜の深い藍のちょうど中間のような色の空と、沈みかけの太陽が橙色に染めた地平線。
地面に向かってだんだん朱色に近づくあたたかな色と、夜の鈍い足音みたいな冷たい色。正反対の2色は、昼と夜のあいだのほんのすこしの時間だけ混じりあって不思議なグラデーションを作っていた。
夕焼けの物憂げな色を見ると、カクテルみたいだなといつも思う。
甘くてジュースみたいだけれど、飲んだあとにふわふわする感覚に気づいてはじめて酔ったことに気がつく。
お酒を飲めるようになるまではもうすこし時間がかかるから、飲んだ時のほんとうの感覚はまだ知ることができないけど、背伸びをして、大人になったつもりで想像することならできる。
未だ知らないものである夜の街と、よくなじんだ昼の明るい街が同時に姿を見せる夕方は、手を伸ばしてもほんのちょっと届かない違う世界のようだ。
ハイヒールを履いて夜の街を歩いて、お酒を飲んで火照った横顔を誰かに見せているかもしれない何年か先のわたしみたいな。
知らないだれかの肩と電車の厚いガラスの窓越しに見ると、伸ばした指のすこし先にあるはずの世界は憧れをあつめた大人びた夢のようで、満員電車に揺られていることを一瞬だけ忘れさせてくれた。