平静とロマン

平成生まれの大正浪漫19歳

無罪

 

気温が不安定だったり日照時間が短くなったりしている季節だからか、メンタルが少々不安定だ。

先日、このブログを開設して3年が経ったと通知が来て心底おどろいた。言われてみればそれくらいの時間は経過しているのだが、昨日と今日の連続をただぼんやりとひたすらに反復しているとあっというまに時間は流れて行ってしまう。

 

よし、ブログをはじめよう、と思った瞬間のことをよく覚えている。

高校2年生の冬で、9か月の留学から帰ってきたわたしはまるまると太り、もともと大して好きではなかった日本の学校にふたたびなじむことに完全に失敗して毎日死にそうな日々を過ごしていた。

死にたくて泣きわめき続けて、母にも愛想をつかされてお前は病気だと心療内科に引っ張られて診察を受けたら「その生育環境でいまの環境にいたらだれでも死にたくなります、精神疾患ではありません」とけんもほろろにあしらわれて薬ももらわずに病院を出た。

なんども死んでしまおうかと考えて、そのたびに自分の外側が急激に薄くなってぞっとするほど空気が冷たくなりおそろしくなって実行に移すのをやめていた。

冷たい空気に意識の何割かを支配されて、輪郭がひどく薄れていた時期だったが、空気がいつもより近くにあったからこそ感じられたきらめきもたくさんあったのだといまは思う。

 

わたしは不登校だったがひきこもりではなかったので、学校の授業には行かなくてもピアノのレッスンには毎週行っていた。

17時くらいから1時間ほど先生のおうちでピアノを弾いて、帰りは家まで20分の道のりを歩いていた。12月にもなるとそんなに遅い時間ではないはずなのに外はもう真っ暗になっていて、冷たい風が頬を刺す。高橋優を聞きながらふと空を見上げたらあまりにも星がきれいで、冷たい風に輪郭を晒されながらあの愛おしい冬が来たのだなと泣きそうになった。

ああ生きている、と痛いほど思った。

同時に、こんなに季節が美しいなら生きないと、とも思った。

そして、どうしてもどうしてもこの目に見えないきらめきの美しさをすこしでもいいから取っておきたくて、ああブログを書こう、と決めた。

 

それから3年経って、わたしをとりまくあらゆる環境は圧倒的な好転を遂げた。

恵まれた環境で優雅に自由に生活しているはずなのに、どうしてかいまも息が苦しい。

 

息苦しさをこうして文章で吐き出せるほどの(精神的?文学的?)体力も身につけたのに、がけっぷちに立たされていたときに頻繁に感じていた切りつけられる痛みに近い感動は書けば書くほど遠ざかっていく。

モラトリアムのただなかにいるわたしは、その水圧によって時間をかけてしずかに縮められ、輪郭が徐々に厚みを増している。ある方面ではすこしずつ成長しているのかもしれないが、おそらく同時にすこしずつ鈍くなりつづけている。

このぬるくとろみのある液体に漬けられているような生活の終焉のその先に待っているなにかに、期待と不安の両方を抱いている。

どうか、あまりがっかりすることがありませんように。いつも通りに祈りで文を締めくくる。

 

kapapami.hatenadiary.jp