平静とロマン

平成生まれの大正浪漫20歳

バーモント・キッス

朝目覚めると身体が重く、すぐにまた暗闇のような眠りに身を委ねた。ふたたび目を覚ますとすでに時刻は3限が始まる13時を回っており、ああまた睡魔に負けて授業をサボってしまった、と胸と喉のあいだがつまるいやな感覚に包まれた。
身体はあいかわらず鉛のようで、きっとこれは熱が出ているから仕方がないと自分に言い訳をし布団のなかで寝返りを打った。


13時半、諦めて身体を起こす。首元が熱い。
リビングに行きコップに水を注いで口に流し込みながら熱を測った。37.5度。本当に熱があった。言い訳と正当な弁解の区別がつかないわたしは面白くなってひとりでにんまりとした。

個別指導の講師のアルバイトで崖っぷちの大学受験生を5人も持っているので、さすがに1時間前に欠勤の連絡はできず14時半には家を出なくてはいけなかった。
あきらめて薬の入っている棚を一通り探したが解熱剤もマスクも見当たらなかった。


ヒートテックを上下とも着込み、できるだけ暖かく楽な格好をして家を出た。すこしでも元気が出るようにと昨日買った穏やかなブラウンの山羊皮のショートブーツを下ろした。
駅のキオスクでヨーグルト味のプロテインバーとピンク色でない小さめマスクを買う。
どうして世の中の小さめマスクの8割はピンク色なのだろう。ふつうの大きさのマスクは布が余って顔の上でがさがさするので小さめをつけたいのに、苦手なピンク色ばかりでいつも困ってしまう。グレーや青、緑ばかりをきているのに顔面の下半分だけ薄いピンク色なのはおかしいだろう。
女ばかりがつけるから可愛いピンクにしておけばいいだろうというダサピンク現象でなく、ふつうサイズと識別するために着色をしなければいけないから肌なじみのいいピンク色が選ばれたと信じていたい。


電車を待ちながら身体が熱くなったがヒートテックのせいか熱のせいかわからなかった。
咳は出ないし鼻水が出るのはいつものことで、別段変わった様子はない。
塾につきタイムカードを切り白衣を着た。
パソコンのモニターの前に座り授業準備をしながら、ああこれは体調が悪いぞと気がついた。なにがどうなったと言葉にするのはむずかしいが、いつもやっているルーティンワークがスムーズにできなかった。視界と感覚のあいだに2cmくらいの壁があるようなこころもとなさがつねに伴い、無駄な動作が連なる。手にうまく力が入らない。7時間の予定の勤務だったが、2時間働いたところで上司に相談をし4時間で帰らせてもらうことにした。


帰宅したのち、貯めに貯めていた詩と小説の同人の原稿を上げ、ひとりでもりもりと食事をした。
実体のない吐き気がつきまとい、不快感がひどいがこういうときでもふつうに食事ができてしまうのがわたしのいいところでもあり悪いところでもある。

布団を持ってきてソファに寝転がりながら家族の帰りを待ち、母と話してから自分の部屋に撤退し今に至る。

胸元につかえる息苦しさから今夜は何度もため息をついている。
身体の熱さや気怠さが自分の輪郭を際立たせ、生身の人間であることを嫌でも実感してしまう。

わたしが「死にたい」と口にすれば悲しむ人が何人もいる。それだけわたしはきちんとこの人生で人と繋がりを得られているということで、生きることにある程度成功していると言える。

それでも生きるのがつらいのは自分でもどうしてかわからない。自殺を実行する気などほとんどないのに、便利な記号として「死にたい」と言ってしまう。
きっとほんとうは死にたくないなんてないのだ、世の中の100点満点になれない、偏差値50すら取れているかわからない○○○○○という名前を持った前歯の主張がちょっと強い若い女の身体と人生がなければこの視点(主観)は成立しないという現実にうんざりしてしまうことがあるだけなのだと思う。

この世界が好きだから、もう少しわたしも世界に好かれたかったなあと考えながら微かに熱い身体を柔らかな布団に沈める。

土曜の25時を過ぎたと気づいてニッポン放送にチャンネルを合わせた。オードリーのオールナイトニッポンが深夜のわたしを現実に繋ぎ止める。