平静とロマン

平成生まれの大正浪漫20歳

12月のゆきどけ

 

4年前のちょうど今頃、わたしは高校を退学した。

そのすこし前に9ヶ月の留学から帰ってきたのだが、もともと居心地の悪かった教室にわたしの居場所はどこにもなかった。

毎度毎度さんざん揉める修学旅行の班決めを我々留学組が帰ってくる直前に済ませて、わたし一人をどの班に入れるかを決めるためにホームルームが開かれた。親友のいた班はグループ内の数が合わず誰かが泣く泣く諦めた班で、誰にも受け入れてもらえず、クラスの全員がわたしを押し付けあった。ようやく班が決まって下校の時間になると、クラス委員がわたしを受け入れた班に謝りに行くのが見えた。わたしはこの場の全員に嫌われている、それでも、大学に行くため、今後の将来のため、学校には行かなくてはいけない。そう思っていて準備をして定刻に靴を履いても、足がすくんで家から出られなくなるまでそう時間はかからなかった。

 

学校にはなんとか行きたくて、電車で1時間半かかる学校まで働いている母に車で送ってもらって保健室に行った。

「お母さんに送ってきてもらったの?働いてるんでしょう、かわいそうに」

「高校は単位制だから保健室に来てもなんの意味もないよ」

「高校を退学して海外の大学に進学したい?海外は入学資格が厳しいから入れるところなんてどこにもないよ」

担任の言葉が、必死で“あるべき場所”に戻ろうとしていたわたしの心をやすやすと打ち砕いた。

 

2ヶ月ほど学校に籍を置きながら欠席を続けたわたしに12月の半ばに電話をかけてきた担任は淡々と告げた。

「化学の出席日数が足りなくなったので進級はできません」

 

2015年、12月の26日だった気がする、校長、学年主任、担任らと応接室で面談をした。

事務的な話をいくつかしてから、校長がさわやかに告げた。

「それでは、〇〇さんの門出を祝して。寂しくなったら、いつでも学校にきてくださいね。今後の活躍を祈っています」

 

それまで冷静に話を続けていた母の声が湿り気を帯びた。あなたたちのせいで、娘は学校を辞めたくなんてなかった、クラスだって変えてもらえなかった、あなたたちのせいで、あなたたちのせいで。

言葉にできなくなった母を引き継いで、それまで黙っていたわたしは大きな声で話をした。

 

その時は興奮していたし、なんと言ったかはもう覚えていない。けれど、交換留学で学校の代表として外国に行ったわたしがスムーズに復帰できるようサポートする義務が学校側にもあったはずであるのに中学時代にわたしに嫌がらせをしていたグループが中心格になっているクラスに敢えて編入させたこと(中高一貫なので当然先生や周りの誰もが知っていた)、担任がわざわざわたしに追い討ちをかけにきたこと、そうして追い詰められて辞めていくわたしにやすやすと綺麗事を言い放つあなたたちの学校をもはや母校とは呼びたくないこと、わたしが将来活躍しても、あなたたちに感謝することは決してないこと、だいたいそのようなことを言ったと思う。

 

顔色を変えて平謝りに転じた校長、最初から最後まで申し訳なさそうにしていた学年主任に対し、担任は「わたしはそんなこと言っていない」と自らの発言を否定することに徹した。

靴箱まで走って追いかけてきて、「わたしはあなたのことを心配していたし、あなたを傷つけるような発言はしていない、だから握手をして」と握手を求め、わたしが手を握るまでその場を離れようとしなかった彼女。あれほど気持ちの悪い掌の感触を、いまだにわたしは知らない。

教師陣に啖呵を切ったわたしを誇りに思う、と伝える母と一緒に景色だけは美しい学園を後にした。

美しく豊かな図書館を利用する権利がなくなってしまったことだけが悲しかった。きっと二度と来ることはない、そう思っていた。

 

4年経って、先日、学校を訪れた。同窓生のための開放日に、恋人を伴って。

おそらく改修工事があったのだろう、すこしだけ綺麗になった最寄駅に降り立って、懐かしい道を歩いた。すぐ近くの建物の2階に入っていたおしゃれなカフェはなくなっていて、ガラス張りの綺麗な店構えなのに中に入ると奥の引き戸があいて置物のようなおばあちゃんが出てきてこちらを無言で見続ける居心地の悪い文房具屋さんはまだ残っていた。

門から顔を知っているが名前を覚えていない女の先生が出てくるのが見えた、すこし緊張して顔を背けようとしたが、笑顔で会釈をしてくださった。恋人の顔をすこし見て、それからわたしの顔を見て、共犯者のように笑ったような気がした。

 

門をくぐって、よく知っている小道を通り抜け、よく知っている古い建物にたどり着く。

ずいぶん古い建物だね、建てられたのは1930年代かな。一目でほとんど正確に建物の年齢を言い当てる彼に驚きながら、すこしも変わらない美しさに心が波立った。

静かな渡り廊下を抜けて天井の高い、はなやかな装飾の施された礼拝堂に入る。

十字架にかけられた2000年前の人が怖くて仕方がなくて、毎日入るのがいやで苦しくなっていた礼拝堂。祭壇に飾られたポインセチアには12月の柔らかな陽射しが高い窓から降り注ぎ、周囲の空気が黄金の光を帯びていた。

祭壇から何十メートルも離れた扉を通ったとたんに匂う百合の香りが当時は心底嫌いだったが、その匂いを感じられないことに残念さを覚え、同時にそういう自分に驚いた。

 

大きな声で聖歌を歌って、聖書を読み、祈りを捧げて、1時間ほどでその場を後にした。

授業のない休日だったから、図書館は閉まっていた。

女子中学生の歩幅の2.5倍くらいの妙な奥行きで段差の低い石の階段を降りながら、恋人と話しているとあたたかな流れが胸の中を満たすのを感じた。卒業生ではないから卒業アルバムも手元にないし、同窓会からの案内が来ることも当然ないのだが、そこはホームとしてわたしをあたたかく迎え入れた。

去り際の醜い記憶ばかりが残っていて、にがにがしい気持ちを持ち続けていたが、順当に卒業したほかの女の子たちからみればただただあたたかく美しい場所なのだと知った。

 

なんだ、行ってみれば、大したことなかったじゃん。

忘れたつもりでも、数年間心の中に残りつづけていた濁った塊が、何かに押し流されていくのを感じた。

 

大人になるって、こういうことだ。

彼の冷たい手に指を絡めて、小綺麗になった駅までの短い道を歩いて帰った。